治療について
クローン病に伴う肛門病変の治療について
クローン病は、消化管に慢性の炎症や潰瘍を引き起こす難病です 。患者様の約半数が、クローン病の腸管にできる潰瘍が肛門部に生じることで、肛門周囲に様々な病変を合併するといわれています 。これらの病変は、一般的な痔とは異なり、深く幅広い潰瘍や、複数に枝分かれした複雑な瘻管を形成しやすいのが特徴です 。
治療の適応(対象となる方)
手術適応の症状・状態
クローン病に伴う肛門病変の治療は、以下のような症状や状態がある場合に検討されます。
- 強い肛門痛や発熱を伴う肛門周囲膿瘍を形成している 。
- 肛門周囲から膿や分泌物が継続的に出る 。
- 肛門病変による症状が日常生活に支障をきたしている 。
- 痔瘻の再発を繰り返している 。
- 薬物療法だけでは症状が十分にコントロールできない 。
こうした病変が進行すると、肛門周囲膿瘍や、そこからトンネル状の瘻管が形成される痔瘻を繰り返すようになります 。特にクローン病では、瘻管が複数に枝分かれして複雑なネットワークを形成する「複雑痔瘻」が高頻度にみられます 。炎症が長期にわたることで肛門が狭くなる肛門狭窄や、まれに癌を合併するリスクもあります 。クローン病の肛門病変は、単なる局所の問題ではなく、全身の炎症性疾患の一部として捉えることが極めて重要です 。このため、局所的な外科治療と、全身の病状を管理する内科的治療との密接な連携が不可欠となります 。
治療術式の選択
クローン病に伴う肛門病変の治療は、外科的アプローチと内科的アプローチを組み合わせた集学的治療が基本となります 。まず、クローン病自体の活動性を抑制するための薬物療法が優先されます 。クローン病であると知らずに手術を行うと、傷がいつまでも治癒しなかったり、再発を繰り返したりすることがあるため、内科的治療によって症状を安定させることが極めて重要です 。
当クリニックがクローン病性痔瘻の治療において第一選択とするのは、肛門機能を温存する「シートン法」です 。クローン病の痔瘻は複雑で多発しやすく、病変を完全に切除しようとすると、肛門括約筋が大きく損傷され、便失禁などの排便機能障害を引き起こすリスクが高まります 。このリスクは患者様の生活の質(QOL)を著しく低下させるため、当院では長期的な視点に立ち、肛門機能を最大限に温存することを治療の主眼としています 。
治療の詳細
クローン病に伴う肛門病変に対する治療は、まず局所の急性炎症を抑えることから始まります。肛門周囲膿瘍を形成している場合、強い痛みや発熱を伴うため、局所麻酔下で切開し、膿を排出させるドレナージ(切開排膿)を行います 。これにより、速やかに症状を軽減させることができます。
膿瘍の炎症が落ち着いた後、瘻管が形成されている場合には、「シートン法」へと移行します 。シートン法とは、瘻管に輪ゴムや紐状の医療器具を通し、これを徐々に締め付けていくことで、瘻管と肛門括約筋を時間をかけてゆっくりと切開していく方法です 。この「切開」と「治癒」が同時に進行するため、括約筋にかかる負担が少なく、肛門機能が保たれるという大きな利点があります 。
- 麻酔・所要時間:
- 麻酔方法: 男性には仙骨硬膜外麻酔、女性や高齢者には局所麻酔など、患者様の状態や瘻管の走行に合わせて最適な方法を選択し、手術中の痛みを最小限に抑えるよう配慮します 。
- 手術時間: 20分から30分程度 。
- 手術・治療手順:
- 切開排膿: 膿瘍の形成がある場合、局所麻酔下で切開し、膿を排出させます 。
- シートン挿入: 炎症が落ち着いた後、瘻管にシートンを通します 。
- 経過観察: 1〜2週間の間隔でシートンを締め直し、瘻管の治癒を促します 。
- シートン抜去: 炎症が完全に落ち着いた後、外来でシートンを抜去します。この処置は一瞬で終わり、痛みはほとんどありませんが、数ヶ月間留置しておくことが一般的です 。
入院・術後経過
クローン病の肛門病変に対するシートン法は、腸管の病変を縫合する手術と比較して、入院期間が短いという特徴があります 。炎症の程度にもよりますが、通常は術後3〜4日程度で退院が可能です 。
- 入院中の管理: 術後、麻酔が切れると痛みが出始めることがありますが、当院では適切な鎮痛剤を処方し、痛みをコントロールします 。横向きに寝る、円座クッションを使用するなど、体位を工夫することで痛みを軽減できます 。
- 退院後の注意点: デスクワークや家事などであれば、翌日から復帰が可能ですが、重労働や激しい運動は2週間ほど避ける必要があります 。再発を予防するためには、規則正しい排便習慣を身につけること、食物繊維や水分を十分に摂取して便を柔らかく保つことが大切です 。
期待される効果
クローン病に伴う肛門病変の治療によって、患者様は以下のような効果を期待できます。
- 症状の軽減: 肛門痛、排膿、出血といった日常生活を著しく妨げていた局所的な症状が大幅に改善されます 。
- 炎症の安定: 肛門周囲膿瘍や瘻管の再発を防ぎ、長期にわたって安定した状態を維持することが可能になります。
- QOLの向上: 症状が改善することで、患者様の不安やストレスが軽減され、生活の質が大きく向上します 。
- 機能温存: 肛門括約筋を温存するシートン法を主とすることで、便失禁などの合併症リスクを最小限に抑え、肛門の機能を保ちます 。
手術のリスクと合併症
クローン病の肛門病変に対する治療には、クローン病という病気の特性に起因する特有のリスクと、一般的な手術に伴う合併症があります 。
- 一般的なリスク: 出血、感染、疼痛、腸閉塞などが挙げられます 。
- 特有のリスク: クローン病は病変が再発しやすいため、手術後も再手術となる可能性が比較的高いことが知られています 。また、安易な切除術は便失禁などの不可逆的な機能障害をきたすリスクがあります 。
クローン病は根治する病気ではないため、手術はあくまで症状を改善し、病気の寛解を維持するための重要なステップとして位置づけられます 。当クリニックでは、患者様のQOLを最優先し、肛門機能を温存するシートン法を主としていますが、非常に複雑な病変の場合、このリスクを完全にゼロにすることは困難です。これらのリスクについては、治療前に患者様お一人おひとりの病状に合わせて、丁寧にご説明いたします。